blog井上博の「行雲流水」

小林元園長から学んだこと

法人の発展はおそらく自分たちの努力や発想によると考えがち

だかそうではないことをこの歳になって思う。先人たちが私たち

がやりやすく多くのことを教えていただきそして自由にやれる

環境を用意していただいたためだと思う。

小林元向陽園園長から学んだことは多い。

先生は山形市役所での仕事を終えられてから着任された。

自由で柔軟な発想を持たれ私たちにも要求された。当初は私は

園長のおっしゃることについていくのがやっとであった。

誰のために私たちの仕事があるのかを確認すること。「主人公はだれだ」

と口癖のようにお話をされた。仕事の進め方についても毎年同じではなく

常に工夫や新しい発想を求められた。宴会の場においても戦場であるといわ

れ自分の席に座る時間を短くし自分からあいさつに行き多くの人とつながる

ことを教えていただいた。又、施設長管理者として現場から離れ一定の距離

を置くことを教えていただき、大局的に全体を見るようにとの教えであった。

中小企業の社長でも現場に入りすぎると周りが見えなくなり倒産リスクが高

まるとのことであった。

そしてもっとも心に残るのが大事故への対応である。

向陽園の前の道路で重い障害のある利用者が散歩にで交通事故にあってし

まった。事故の状況からすると命を落としても不思議ではないほどの事故

であったが幸い軽いけがですんだ。

その次の朝園長に報告した時の言葉は忘れられない。向陽園では当時鍵を

かけないで対応するという方針で支援にあたっていた。

怒られるのを覚悟で報告した時、「こういう大きな事故が起こると現場は

みんな恐れて消極的になる。私たちの障害のある方を自由な環境を用意し

社会に出すという方針は間違っていないはずだ。事故があると現場が

消極的になるといけないので現場の皆を応援してやってくれ」というも

のだった。

あの言葉で愛泉会の地域での生活を推進するという実践があると思う。

今思い出して熱い想いになる。管理者としての心構えを教えられた。

先人の教えを糧として日頃の実践に当たりたい。

高橋元理事長について

愛泉会の礎をつくっていただいた高橋一雄理事長

のことを時々思い出して勇気をいただく。

向陽園設立時建設予定地で反対にあい本沢地区をまとめる

中心的な役割を果たしていただいたと聞く。

比較的高齢で理事長となり重責を担われた。

口数の大変少ない方であったが時折発せられる言葉は

とても暖かく私たちスタッフの背中を押していただいた。

県内で法人としては初めて当時反対の多かった障害者自立支援

法への新体系移行を決めたのも理事長の一言だった。

「園長、よく考えて決めたら踏み出してみたら」

の一言だった。退任されるときも「向陽園のことは全く心配していない」

みんな熱心だから大丈夫」との言葉を残していただいた。

私のこんな恥ずかしい想い出もある。

ある時園長室で二人で話をしている時だった。

私が「向陽園の利用者は障害の重い人が多く言葉もないのでなにを

想っているかわからない」と発言した時だった。

きりっとした表情と言葉で「園長それは違う。自分は長年稲やぶどうを

育てているが作物の気持ちはわかるよ」「あなたのお世話しているひとは

人間だろう。わからないはずはない」との言葉であった。

本当にその通りであった。長年の経験でマンネリ化し傲慢になっていた私

の目を覚ましてくれた。

多くの先人の働きがあって現在の法人があることを再確認したい。