blog井上博の「行雲流水」

親の想い

先日愛泉会の創設に関わられたご家族にお会いした。

愛泉会は伊藤泉さんを中心に知的障害のある親が中心となって

立ち上げられた社会福祉法人である。その構成メンバーのお一人

でもある。

当時山形市内に知的に重度の人が利用できる入所施設はなく多くの

人たちが遠く離れた県内外の施設の利用であった。

現在、息子さんは置賜地方の施設に入所され30年を経過しているという。

ご自身も高齢となり片道80㎞を越える距離では面会も大変な様子だった。

ご自身がこれまで面会行くたびに書いてこられた面会記録を見せていた

だいた。面会の回数は900回超えるという。一回一回のご子息の様子や

担当者等の記述が丁寧になされていた。面会のついでに

置賜地方の観光地を訪ねたこともなく毎回がとんぼ返りの面会という。

「一分一秒でも子供のところにいたい」からとのお返事だった。

わが子の幸せを願わない親はいない。

現在の障害のある人の福祉は身近なところで自立した生活が目標

である。

愛泉会の実践を通して親の想い利用者の想いを可能な限り実現したい。

国立ハンセン病資料館を訪ねて

11月3日に5年ぶりに東京都清瀬市にある国立ハンセン病資料館に

お伺いした。様々な医療施設が点在する広大な敷地に資料館はある。

東京都の医療関係者にとって必ず訪れる場所となっているという。

このたびの訪問でも「らい予防法」によって多くの患者さんが差別され

隔離され、強制労働を強いられ命をうしなった方が多くいらっしゃった

ことに驚く。

社会の対応については知的障害者の方たちが歩まれた道と共通点が多い。

隔離、故郷を離れた療養所、大規模コロニーでの生活、家族の無理心中。

彼らの意思とは無関係に社会の在りようによって振り回され続けた歴史

である。ハンセン病の皆さんの生活が国の法律によって大きく変わった

ように知的障害のある人たちの生活も変わるように国の介入を期待したい。

本人の意思とは別に故郷を離れ遠くで暮らす姿が重なった。

帰りにかつて厳しい隔離の地であった全生園でお祭りが開かれていた。

かつて園の中に強制的な生活を送っていた方々が人生を謳歌するように

祭を楽しんでおられた。そんな姿が知的障害の多くの方々にも訪れること

を願いたい。